日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ……空海



 空海はちょっと桁外れの人間である。彼を「天才」と呼ぶことすら、妙に空々しい。まるでスケールが違った人間である。

 空海は唐に渡って、密教を持ち帰って来た。歴史の教科書には、そのように書かれてあるが、本当はそうではない。空海が持ち帰ったのは密教の経典類であって、密教そのものは空海が創ったものである。幼稚で未熟な密教を、精緻で深遠な教理体系に完成させたのは空海である。空海は単なる運搬人ではなかった。
 仏典の言葉であるサンスクリット語(梵語)を、日本人で最初に学んだのも空海である。
 空海は満濃池の修築という、土木技術の才を発揮している。
 日本で最初の庶民の学校を造ったのも、空海であった。
 漢文を書かせれば、空海は唐の人々が舌を巻くような名文・美文をものした。
 書道においては、彼は平安の「三筆」の一人に数えられている。

 のちに成立した弘法大師伝説は抜きにして、確実に空海のやったことをざっと拾っても、これくらいはある。百科事典でもひろげれば、空海の業績がずらりと並んでいる。よくもまあ、一人の人間がこれだけのことをやれたものだと、思わず溜息がもれるほどの仕事をやってのけている。空海は日本のレオナルド・ダ・ヴィンチであろう。

ひろさちや「空海入門」中公文庫 1998



目次 


inserted by FC2 system