著作
(密教関係)
■即身成仏義(そくしんじょうぶつぎ)
密教の実践により現世において肉身のままで悟りが開かれると説く。真言密教の究極目標「即身成仏」がなぜ、どのように可能なのかを論じた書。その証拠となる文献の引用は「二経一論八箇の証文」とよばれる。万有一切(いつさい)を大日如来(だいにちにょらい)の顕現とし、宇宙の実相を本体・様相・活動の面からとらえて即身成仏の理論と実践を説き明かす。二頌八句の詩を掲げ、それを詳述していく。
六大無礙にして常に瑜伽なり
四種曼荼は各々離れず
三密加持して速疾に顕わる
重重帝網なるを即身と名づく
法然に薩般若を具足して
心数心王刹塵に過ぎたり
各々五智無際智を具す
円鏡力の故に実覚智なり
宇宙は六つの根源的なもの(六大)を本体とし、その側面は四つの如来として象徴的に把握される。また、宇宙の働きは大日如来の身体、言語、意識の働きであるとし、それらの働き(三密)に人間の働き(山業)を合致させることで、その身のままで成仏できるとする。
■声字実相義(しょうじじっそうぎ)
この宇宙全体が超越的存在である大日如来の「言語」の現れであるとし、それを理解し、超越者と一体化する道を示す。声字義。
■吽字義(うんじぎ)
「吽(うん)」というのは梵語のフームの漢音写で、「阿」が字音の最初の文字であるのに対して、これは字音の最後の文字である。この「吽」という文字について,その字相と字義について説いた書物。
■十住心論(じゅうじゅうしんろん)
正確には『秘密曼陀羅十住心論』。830年ころ、淳和天皇の勅にこたえて真言密教の体系を述べた書(天長六本宗書の一)。人間の心を10段階に分け、それぞれに当時の代表的な思想を配置することによって体系を築いている。真言密教こそが人間の心の到達できる最高の境地であるとしている。 『十住心論』の内容を簡略に示したものが、『秘蔵宝鑰』である。
1.異生羝羊心(いしようていようしん)……煩悩にまみれた心
2.愚童持斎心(ぐどうじさいしん)……道徳の目覚め・儒教的境地
3.嬰童無畏心(ようどうむいしん)……超俗志向・インド哲学、老荘思想の境地
4.唯蘊無我心(ゆいうんむがしん)……小乗仏教のうち声聞の境地
5.抜業因種心(ばつごういんしゆしん)……小乗仏教のうち縁覚の境地
6.他縁大乗心(たえんだいじょうしん)……大乗仏教のうち唯識・法相宗の境地
7.覚心不生心(かくしんふじょうしん)……大乗仏教のうち中観・三論宗の境地
8.一道無為心(いちどうむいしん)……大乗仏教のうち天台宗の境地(如実知自心・空性無境心)
9.極無自性心(ごくむじしようしん)……大乗仏教のうち華厳宗の境地
10.秘密荘厳心(しようごんしん)……真言密教の境地
■弁顕密二教論(べんけんみつにきょうろん)
空海は、密教が顕教と異なる点を『弁顕密二教論』の中で「密教の三原則」として以下のように挙げている。
1. 法身説法(法身(宇宙の真理=大日如来)は、自ら説法している。)
2. 果分可説(悟りは、説くことができる。)
3. 即身成仏(この身このままで、仏となることができる。)
いわゆるそれまでの小乗仏教(声聞・縁覚)が成仏を否定して阿羅漢の果を説き、さらには大乗仏教が女人成仏を否定し、無限の時間(三阿僧祇劫)を費やすことによる成仏を説くのに対して、密教は老若男女を問わず今世(この世)における成仏である「即身成仏」を説いたことによって、画期的な仏教の教えとして当時は驚きをもって迎え入れられた。
■般若心経秘鍵(はんにゃしんぎょうひけん)
『般若心経』に対するわが国最初の注解書で、密教の立場から、大般若菩薩(だいはんにやぼさつ)の瞑想(めいそう)世界を説いた経典であるとする。
(文芸)
■三教指帰(さんごうしいき)(聾瞽指帰・ろうこしいき)
24歳の著作であり、出家を反対する親族に対する出家宣言。戯曲のスタイルをとり、仏教の教えが儒教・道教・仏教の三教の中で最善であることが示されている。日本における最初の比較思想論。流麗な四六駢儷体で書かれている。蛭牙公子、兎角公、亀毛先生、虚亡隠士、仮名乞児の5人による対話討論形式で叙述される。
■文鏡秘府論(ぶんきょうひふろん)
中国の六朝・唐人の漢詩を評した文芸批評書。
(その他)
■御請来目録(ごしょうらいもくろく)
唐から請来した仏像・法具・経論の目録で、帰朝の際、朝廷に差し出した報告書。
■風信帖(ふうしんじょう)
空海の書状を集めたもの。いずれも最澄宛。王義之の書法を伝える名筆。
■性霊集(しょうりょうしゅう)
弟子の真済による空海遺文集。正しくは「遍照発揮性霊集」。
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